通学受験そのものには親の学歴は

全くと言っていいほど関係はしてきません。

 

入学後のクラスでの友人関係にも、

実はほとんど影響を及ぼさないのが現実で

子どもは、親が心配するほど

キャリアや学歴といったことに、

まだそれほど関心が高くないという傾向もあります。

 

しかし、学歴や家柄といったことは

すなわち子どもの「育ち」に直結することでもあるので、

お嬢様・お坊ちゃまが集まりがちな中学受験校、

例えば私立中学校や名門中学校といったところでは、

少なからず親の学歴や家柄、

職業などのキャリアに関する面に

格差とまではいいませんが、距離感があるなあと

思うことも少なくはないのです。

 

とはいえ、子どもと言えども

思春期の難しい時期ではありますし、

何より小学校の頃よりは

分別がかなりついてくる年齢でもあるので

自分の親の学歴や職業などといったデリケートな問題を

わざわざ議論するということは絶対しません。

 

そのため、親の立場からすると

子どもが自分の学歴やキャリアのために

中学受験後に壮絶な体験をしているのではないか、

といった心配の芽

がむくむくと大きく育って行ってしまうようです。

 

今回は、中学受験後に親の学歴やキャリアといった面で

実際に教室で感じた「距離感」について

書いていこうと思います。

 

関係ないとは言いつつ気になってしまう・・・?

中学受験において親の学歴なんて関係ない・・・と、

いくら周りから言われていても

やはり周囲との会話や子どもの同級生などの

身なりや身のこなしを見ている親のほとんどは、

「そうはいっても何かが違う」と

不安にかられることも一度や二度ではないそうです。

 

関係ない、とは頭では理解しているつもりでも

やはりわが子が孤立していないか、

親には見えていないだけで

何か壮絶な経験をしているのではないか、

など、いろいろな想像が駆け巡り

子どもが気にしていないかなど

心配の芽は次から次へと、尽きることなく出てきます。

 

中学受験で学歴を気にする親の中には、ネット掲示板などで

中学受験における親の学歴格差による

生徒間のいじめといった内容を

わざわざ検索してしまうというケースもあるほどです。

 

そういた親の気持ちもわからなくはありませんし、

学歴による金銭格差や学力・偏差値といったことが

ダイレクトに影響してくる中学校おいて、

あえて目の前に突き付けられてしまうと、

やはり心配になってしまうのもうなずけます。

 

子どもの交遊関係においては、

まったくといっていいほど

親の学歴やキャリアといった問題は

中学受験のさなかも中学受験のその後も

取りざたされることのない些末な問題なのですが、

とはいえ、やはり庶民の中から

お金持ちやハイスペックなおうちで育った

クラスメイトの中にいきなり飛び込むわけですから、

やはり多少なりとも格差ないし

「距離感」のようなものは感じる瞬間はあります。

 

だからといって、それが大問題に発展するかどうかは

全く別のおはなしではあるのですけど・・・。

 

子ども目線で見る、教室内の「学歴格差」

子ども、ないし小中高大どんな世代においても

学生の世界観というのは、

教室や学校だけにとどまってしまうため

視野もとても狭く、

閉鎖的な箱庭であることは間違いありません。

 

大人の立場からしたら、もっと世界は広いのだし

そこだけでの関係性に始終するというのは

なんとなく幼いというか、ばかばかしいというか、

もしかしたら疑問に思っている大人のひとも

少なからずいるのだろうと思います。

 

しかし逆を言えば、学生の過ごす「見える世界」が

そういった閉じられた世界だからこそ

そこでの人間関係がすべてにおいて大事ですし、

そこで起きた問題は、世界が崩壊するほどの一大事です。

 

そのため、おそらく大人のひとが感じるよりも

学生たちが友人関係で感じた距離感や格差は

かなり生々しい鋭さをもって心に刻まれるともいえます。

 

そういった経験は必ずしも

悪いものばかりというわけではありませんが、

たとえば中学受験で学歴を気にする親の中には

「そうった些細なことで受けた距離感が

取り返しのつかなくなるようなのちのちの古傷に

変わってしまうのではないか?」と

心配する方も、もしかしたらいるかもしれません。

 

でも、ちょっと言い方は悪くなりますが、

親の学歴という問題はもはや覆せるものではないですし、

逆を言えば、そんな大変な中で

中学受験までさせてキャリアをつけようとしてくれたことに

感謝している子どもたちがほとんどのため、

たとえ中学受験で親の学歴による距離感や、

金銭面での格差を感じたところで

「そんな世界もあるのか」というような、

むしろ、発見に近い感情が芽生えるので

おそらく親が捉えるほど大それた問題ではありません。

 

なので、そこは安心してほしいなと思いますし

あくまでも今から僕が書くのは

表題に「学歴格差」とはありますが、

僕が実際教室で感じたちょっとした出来事や

すごいな、と思った発見の類ですので

身構えずに読んでいただけたらと思います。

 

さて長くなりましたが、この項目では

僕が実際に教室の中で感じた

あくまでも「ちょっとした」クラスメイトとの距離感、

親の学歴も関係している(かもしれない?)

「格差」について触れていこうと思います。

 

 

 

格差1:家族との思い出の内容の濃さ

教室内でまず「格差」を感じるときは

まず友達が話す家族との思い出です。

 

普通、家族との思い出は遊園地に行ったとか

温泉旅行に行ったとか、そういった

ちょっぴりぜいたくなしあわせ、

みたいなコピーがつきそうなものが多いと思うんです。

 

ですが、高学歴・高キャリア(つまり高収入)なおうちの子の

家族との思い出ともなると、

家族みんなでの海外旅行なんて当たり前ですし、

重鎮しかいないVIPパーティーに呼ばれたとか、

誕生日にめっぽう高いホテルに宿泊したとか、

とにかく出てくる話やエピソードが

仰天してしまうほどに切れ味のあるものばかり。

 

そんな経験はおいそれと出来るものではないですし、

そこはやはり、親の学歴やそれに伴うキャリアの差を

感じずにはいられませんでした。

 

またそういった、なかなかできない珍しい経験の中で

得られるものは多種多様なうえ、

肌で感じることや考えることが本当に多そうで

その豊かさに少しうらやましくなったりはします。

 

格差2:しぐさや言葉遣いなど

お金持ちなおうちで過ごしてきた子たち

なぜかみんなどことなく品が良いです。

 

みんな、僕と同じくくだらないことで騒ぎますし

(お年頃なので)ちょっと下品な話もするんですが、

それでもなぜか行儀が悪くないというか

嫌な感じを受けないところは、

素直にびっくりしますし、なんでなのかわかりません。

 

これは僕の想像になってしまうのですけど、

高学歴直哉は学習のために結構厳格なイメージがあって。

 

おそらくかなり厳しいおうちで育ったり

マナーや所作のひとつひとつを

きちんとするように矯正されているのかもしれません。

 

中学受験後親の学歴が高いか低いかは、

その子の普段の生活ににじむような気がしていて、

しぐさ、言葉遣い、倫理観、会話のリズムなど、

全部が何となくきれいに、整って見えることがあります。

 

所作や倫理観、会話というと、

たとえばお箸の持ち方やご飯の食べ方、

脱いだ靴をそろえられるかどうか、

といったような日常生活に根差したものから

人と話すときの表情の作り方などまで、

折々ににじみ出るものにあります。

 

格差3:知識の豊富さや臨機応変さ

中学受験後に親の学歴が

ちょっぴり気になるときは、

やはり友達からハイレベルな知識を

さらりと聞かされた時などに思います。

 

知識、というのは基本的に

幅広い物事を知っている人から

ゆずりうけるようなものだと思っているので

やはり、そこでは、悲しいかな

「親の学歴」がものをいうこともあるのです。

 

また、親の学歴やキャリアが高いおうちの子で

かつ中学受験を経験している場合、

親が教育熱心であるケースがかなり多く、

小さいころからいい教育を受けたり

「学ぶ」ことにお金をたくさんかけてもらえているので、

本当に、驚くほどいろんなことを知っています。

 

また、親の学歴が高いと

親もさまざまな知識や雑学、

生きる上での知恵などを子どもに教えられる

といったこともあるようで、

単純に「学歴が高い」親の子どもといのは

やっぱり色々なことを知っていますし、

そういったおうちの子はすべからく頭の回転も速いです。

 

 

中学受験後に親の学歴が気になる子ども

中学受験の真っ只中には見えていなかった

親の学歴に関しての問題は、

志望校入学後に友達と会話をしてみて

初めて意識し始める問題です。

 

基本的にはまわりの友達はみんないい子というか

親の学歴が高い低いではなくて、

本人の人柄をよく見て判断してくれる

同級生ばかりなので、

親が心配するような壮絶な学歴格差いじめとか

村八分みたいな無視や仲間はずれは

まだ経験したことも聞いたこともありません。

 

ですが、上述したように

すごくブルジョワジーな生活や家族との思い出、

生活習慣の丁寧さを

折に触れて目の当たりにするにつけ、

その生活圏の違いというか、

「世界観ギャップ」に驚いて

ちょっとばつが悪くなったりはします。

 

たとえばお弁当の中身だったりとか、

食べ方にがっつき方がないとか、

上履きを履くときのゆっくりした動きとか、

そういうひとつひとつを丁寧にこなすあたりは、

小さいころから叩き込まれていないと

まねできない優雅さだよなあ・・・と思ったりします。

 

正直な気持ち

中学受験後に親の学歴からくる(かもしれない)

世界観ギャップを感じるにつけて、

僕としてもやっぱり若干の寂しさは感じますが、

それが格差とまでいわれると、

ちょっと大げさだよなぁ、と僕は思います。

 

なぜなら、たしかに

住んでいる世界や経験してきたことの差に

うらやましいなあとか、

楽しいんだろうなあとか、そういう気持ちは

確かに持つこともありますが、

それが「親の学歴による格差」だと感じたり

劣等感として降りかかってくるということは

まったくないためです。

 

こう書いてしまうと負け惜しみという人も

もちろんたくさん出てくるかもしれないのですが、

親の学歴のために、格差ばかり感じるのは

さすがに一緒に頑張って中学受験してきた親に

ちょっとひどすぎるんじゃあないかと思ったり。

 

親は自分の学歴を気にして

中学受験を決断したという側面もありますし

むしろ、だからこそ

ブルジョワジーだったり

世界観の違う友達と関わって

色んな話を聞き、

友達から聞く数々の華々しい疑似体験や

中学受験校でしか得られない友人関係と経験を

あえてさせようと考えてくれていることは

一目瞭然であるためです。

 

そういった場所で、中学受験後に親の学歴のために

色々と気に病んだり委縮してしまっては

親の気持ちもくんでいることにはなりませんし

本末転倒であると僕は思います。

 

友達から聞く数々のはなやかな体験談が、

全部「できなかったこと」であるがゆえの

若干の寂しさはもちろん心にゆらめきますが、

それと同時に新鮮な発見に対する感動も

しっかりと僕は胸に刻んでいます。。

 

 

とはいえ、こんなものです!

とはいえ、僕としては

中学受験後に親の学歴を感じる場面といっても

上記したようなことくらいしか

感じていないとも言い換えられます。

 

僕が鈍感なだけかもしれないですし、

他にはもっと繊細に衝撃を受けている子も

きっとたくさんいると思いますが、

そのまま上がる公立の学校に比べると

そういった親の学歴やキャリアなどといったウワサに

振り回されるタイプはすごく少ない感じがします。

 

中学受験する際に、国語や社会などの科目の一環として

思考力を問われ続ける問題が

頻出するといったこともあるので、

もしかしたらそこで価値観がある程度

きまってきてしまうのかもしれませんが、

ただとにかく、僕の学校で

そういった下世話な話をするような人はほとんどいません。

 

むしろ、そこまで人間的によくできた友達に

囲まれているからこそ、

上記のようなポジティブ極まりない意見を

のべつ幕無しに書き倒せるのかもしれませんが、

中学受験校に来る生徒たちはみんな

あの共感性と思考力が求められるテストを

かいくぐってきているため、

おそらく同年代のほかの子と比べたら優しいはずですし

精神的にもちょっぴり大人であるため、

親が心配するような壮絶なことは

めったなことがない限り怒ったりはしない、と断言できます。